電話でのお申し込みは 06-6346-8700

講師:佛教大学歴史学部名誉教授原田敬一

講座タイプ:
初回講座日 2021/04/09
コース

第2金曜15:30~17:00

受講料 6カ月6回15,180円
開催地

〈事件でたどる日本近代史〉前期6回・後期6回

政治的な事件は、振り返ってみれば時代の転換を示すものがたくさんあります。それを一つずつたどることによって時代や社会を考えてみます。

 

前期-明治編―

①尾去沢銅山事件(1873年):大阪商人岡田平蔵が尾去沢銅山の払下げを受けたことに、井上馨大蔵大輔が関与したのではないか、という嫌疑がかけられ、参議の木戸孝允・大久保利通・伊藤博文・大隈重信らがもみ消し運動を展開した。事件は、司法卿江藤新平が進めていた司法権の独立と絡んで展開した。

 

②竹橋事件(1878年):1878年8月23日の夜、近衛砲兵大隊の兵卒259名が、上官2名の殺害と参議大隈重信邸への大砲発砲などの暴動を起こした。西南戦争の行賞の遅延と俸給減額が理由だったが、首都・近衛兵という条件も山縣有朋らに衝撃を与えた。

 

③北海道開拓使官有物払下げ事件(1881年):北海道開拓使が経営してきた諸工場を破格の値段で政商五代友厚に払い下げることに、藩閥の横暴だと強く批判された。開拓使長官黒田清隆も五代も薩摩藩の同僚であり、自由民権運動は反対運動を盛り上げていった。

 

④秩父事件(1882年):明治14年の政変で大蔵卿に就任した松方正義は、増税とデフレ政策をとり、納税不能に陥る農民が増加した。彼らは自由民権運動と結びつき、借金棒引きなどを唱え、秩父地方を占拠した。民衆運動に軍隊が出動した最初の事件となった。

 

⑤久米邦武筆禍事件(1892年):東大教授久米邦武が論文「神道は祭天の古俗」は、神道は宗教ではなく東洋の祭天の一つだと解明したことに対し、神道界や国家主義者が攻撃し、久米は大学を非職となった。学問研究の自由が抑圧された最初の事件。

 

⑥南北朝正閏問題事件(1911年):文部省の国定国史教科書の記述が、南北朝並立であり、それは順逆正邪に反すると帝国議会などで攻撃され、責任者の喜田貞吉が休職となった。以後南朝とはいわず吉野朝と記述するのが戦前の常識となっていった。

 

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